Mercury's retrograde seems to have ended

都内在住会社員の日々の備忘帳です。

人生の歩き方―あなたは、どう生きたいか?

なんだかわからないけれど、ふと、「安井かずみさんの本って読んだことなかったなー」と思いあれこれ探しては現在読みまくっているのですが...

ホント、なんで今、安井かずみなのか?!自分でもよく解らないけれど...

読んでると、「そうだよね、これでいいんだよね」という再確認だったり、または「うぬーそうか!」という新たなる開眼だったりと刺激を受けまくってます。決して古くなく、こういうことっていつまでも変らないことだったりすると思いました。

あれこれ「良い!」と思ったところはメモしまくっていますが、

「自分を愛せないと他人も愛せない」とよく言われますが、この”自分を愛す”ということについて、ちゃんと具体的な言葉で明快に書かれているものって実は無かったんじゃないかなと(今まで私が読んできたこの類の本の中で)思ったのですが、彼女は非常に分かり易くここのところをバッチリと記述してくれていました。(以下抜粋)-------------------------------------------------------------------------------------------------

「自分を愛するということ」

”自分を許さないこと”

自分を愛するということは、自分をより高めることなのだ。

高めるということは、自分がまだ高くなってないということを

知っているからこそ高めようとする行為である。

つまり、現状の自分にそれなりの自信を持つ。

その自信とは次のハイ・レベルに自分を磨いてゆけるという

内的コンフィデンス(確信)である。平たく言えば、自分を愛する

ということは自分に向上心を持つということになる。

”間違い”

自分を愛するということを自分を許す、甘やかす、わがままを通す

うぬぼれる等とするのは誤解である。大間違い。

自分を愛するということは、自分を許さないことからはじまる。

甘やかさないことを旨とする。

我がままは下品と心得る。うぬぼれは醜いと知る。。。ということ

なのである。

自分を愛するということは、それほど律された挙句に出来る

ことなのである。

安易に自分が好き!などといわないで欲しい。

私という存在には何ら寄与しない。

日々の自分を愛するという紆余曲折を過ごすうち

ある日、目から鱗が落ちるように自分を愛することが

いとも易々と出来る時が来る。

それは真に男(ひと)を愛した時...

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それから、常々、幼少の時から「なんでみんな真面目にやってる人のことをからかうんだろう」と思っていたのですが、

私は幼いときからなんでも真に受けるタイプで、なんでも真剣にやるところがあって、それが非常に不器用な部分も

生んでいたのですが、このことについても彼女が記述してて、「おっ!」と思いました。ホントに共感!(以下抜粋)-------------------------------------------------------------

「バカにしない、ちゃかさない」

”自分さえもバカにしてる愚かしさ”

真面目な人、努力している人、正統に怒る人、一生懸命な人

をバカにする風潮は、日本独特のアキレタ習慣である。

欧米諸国では一日とていられないアン・モラルさである。

まったくもって、人の良しあしも解らない、物事の良しあしも

解らない愚行である。

それは真面目な人をバカにしているうちに、始めは冗談でも、

度重ねてバカにしているうちに本当にバカに見えてしまう

恐ろしさである。そして、自分は不真面目、努力しない、

笑って誤魔化す、チャランポラン人間になっていくという

最低反応がおきる。

不真面目なのだから、人生に体当たりなどしない、出来ない

アホらしくて...

それより、カッコよくて、小ぎれいで、好きな時に休めて、

上司に怒られず、気楽が一番一番と言って、何ら生産的

なことをしない。つまり、自分の力量で、何も生産しない

ことになる。その人生は実りがゼロということになる。

-(省略)--探ってみれば、自分さえもバカにしてるのである。

そのことに気づいているのかいないのか、いずれにしても

自分は利口だと思っている。---バカにするに順ずるのが

チャカす!である。----------(省略)------------------

一事が万事、冗談、冗談といっては当たりさわりなく、

すり抜け、泳ぎまわる人生に、意味がある事柄は一切

派生しない。

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他にもいいこと沢山、沢山書いてあるけれど、私が一番これはメモリーモリーと思ったのは...(以下抜粋)-------------------------------------

「私の人生わるくない!」

”人生を信じる、念じる”

人生、これはもう信じるしかないのである。

信じて、やっていこう!やれる!やってみる!

未来を見ることが出来ない私達人間は、人生という

前進する歩みを、つまり未来を信じて、明日を信じて

やるしかないのである。

それはまた、幸にも、人生というものは、信じる人には、

信じるに足るモノであることである。

信じるとは、自発的な心である。時に健気に、時に

情熱的に、または確信して、あるいは一途な心で...

人は信じるという強く大きな力を持てる。

そして念じるのである。

信じる心を自ら励ますのが、念じることである。

念じるとは、少々呪力的な行為である。時に言葉に

出さず、心にくり返し、時に言葉にして唱え、または

目を閉じて考えを集中し、あるいは祈りのごとく、

天に向かって念じる....。人は、念じるという激しく

必死な祈願をする。

それは、まさしく、祈りとなって、天に通じることと

なるのである。だから、人は、人生を信じ、人生を

念じるべきである。

”効果抜群の呪文!”

ひとまず、自分の人生は、わるくない!と信じる

ことから始めよう。

”辛いことがあってこそ、人生はひきたつ”

「わるいことがあっても、人生はわるくないのか?」

人生の中には、残念なこと、無念なこと、悲しい事

悩み、苦しみは、その道中のスパイスのように

ちりばめられているのである。スパイスとしたのは、

それらにより人生の味が引き立つからである。

であるから、辛い時、苦しい時、これは人生を

味わい豊かで深いものにするための貴重な体験

をしているのだ、と認めるとよいと思う。人生は

様々な辛苦を経験させてくれる。それは、人生を

学ぶために有効で、ありがたいチャンスでもある

のだから。

その辛い時、めげないで。苦しみ、痛みに負けないで。

心の底辺には常に、「私の人生、わるくない!」と

強く信じ、強く念じることをすすめる。

そうやって、何度か辛苦をくぐり抜け、幾度か悲しみ

痛みを克服して、人生を歩むうちに、その人はますます

人生を信じられるようになるのである。

さらには、念じることによって、祈りをおぼえ、人生は

本物の素晴らしさに包まれる。それはすなわち、

人生の醍醐味を知ることになるのである。

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今だからこそ、復刊されて欲しいと切に願うご本であります。

古本で探して買おうかしら。手元に置いて、偶に読み返したい本です。